Review
◆出生の秘密と「狙われる私」
アマンダ・ホッキング『スウィッチ』のウェンディは、17歳の高校生。じつは異族〈トリル〉の王家の娘で、誕生時に人間の赤ん坊と取り替えられて、この年まで人間の家庭で育てられた取り換え子(チェンジリング)です。
いまの家族は仮のもの、なにか非凡な存在が自分のほんとうの親で、いま事情があってどこかべつの場所にいる。幼年期に根を持つこの空想を、フロイトは家族空想(ファミリーロマンス)と名づけました。
考えてみれば神話や民話の主人公たちにはしばしば「出生の秘密」があります。あのハリー・ポッターもルーク・スカイウォーカーも、親譲りの「能力」にある年齢まで気づかないまま成長したのだったと、『スウィッチ』を読んでいて改めて思い出しました。
ウェンディの実母である女王エローラは、
〈人間の子どもたちは学校に行く。でも、そこは奴隷になるための準備をする場所にすぎないわ〉
と言い切ります。でもトリルの世界でだって、彼女の言う〈あらゆる束縛から自由な生き方〉は不可能だったのです。
学校でくすぶっている10代の女の子に、トリル一族の運命を左右する重責、そして異界の美青年たちに「いろんな意味で」狙われる経験が降ってくる。
ロマンス特有の切実な願望充足設定にうまく乗れさえしたら、あとはノンストップアクションに運ばれるままでしょう。

フランス政府給費留学生としてパリ第4大学に学び、博士課程修了。
勤め人のかたわら、休日は文筆業。
2011年以降、公開句会「東京マッハ」司会。
著書に《文藝ガーリッシュ》シリーズ(河出書房新社)『読まず嫌い。』(角川書店)、『俳句いきなり入門』(NHK出版新書)『文學少女の友』(青土社)、編著に『富士山』『夏休み』(角川文庫)がある。
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